ニートのツラツラ生活

ニートであるアタクシが文章をつらつら書き綴るものです

おしゃべりで人を笑わせること

 

笑わせるのは難しい。だってさ、今、これ読んで現に口角上がってないわけで。

笑わせるのは難しい。そりゃ、マクドナルドに行けば0円でスマイリングですわ。でも、上司とかに笑って欲しくて、五百円上げても煽られてるとか思われる。ましてや、やらかした後の場合は…

 

みんな(あなたですよ)が悩んでやまない、笑いについて考えてみようと思うよ。ニートで暇だからね。

 

喋りで笑わせたい。だって動画でも仕事でも家庭でも喋るよね。大体は、喋るでしょ。耳がない芳一でも喋ったわけだし。

 

じゃあ、喋りで人を笑わせるのはどうすりゃいいか。喋りで笑わせる人、落語家と漫才師を例にとるよ。他にも、声優がーとかアナウンサーがーとか言うけれど、単純に笑いに対してハードルを既に求められてる人に喋ることからの方がわかりやすいと思うのだ。

 

まず、落語。和服の人が舞台にある座布団にちょこんと座って左右をキョロキョロさせながら喋るやつです。一人で人物を演じ分けて会話形式でストーリーが進みます。演目で違うけど、長いのは1時間とか超えちゃう。

 

次は、漫才。漫才自体の歴史は落語より超古いんだけど、現在のしゃべくり漫才の形式になったのは、エンタツアチャコ以降だから、ごく最近のこと。コチラも会話形式で進む。流れはあるけれど、明確なストーリー性はない。コレを即興でやっていくと、パペポTVやガキ使の形式になる。時間は大体10分くらいだそう(ヤフー知恵袋って便利よね)。

 

 

落語→1人、ストーリー有り、時間長い

漫才→2人、ストーリー無し、時間短い

 

落語は長い分、瞬間的に爆笑をとるものは少なく、漫才は短い分、爆笑をかっさらっていく。

 

 

 

こいつ、さっきから話長いなと思ってる?

 

 

 

まぁ、大きな泥舟に乗った気分でいなさい。

 

 

 

 

落語ってのは、語ることが大切なんだよね。ストーリーがあるの。小言をいう大家とか、子煩悩な親とか、賢い子供とか、身の回りにいそうなやつが騒動を起こすのよ。それを、それぞれが会話しながら、解決したりしなかったり。それが本筋。例えば、好きなキャバ嬢に貢いで騙されたとか、親が子供を溺愛し過ぎて変な名前つけちゃうとか、割にあるでしょ。それの昔版みたいもんが古典落語で、新しく作られるのが新作落語。どちらも人の感情移入しちゃう訳。落語心中ってアニメでは「共感」って言ったし、立川談志さんは「落語は業の肯定」って難しくいったんだけど、人間ってのは愛くるしいけど、クズだよね→でも、それに共感しちゃうみたいな事。だから、手拭いと扇子で、それぞれの登場人物をお客がそれぞれ作っちゃう。小説読んでる時とかもそうだと思うけど、みんなのハリーポッターが勝手に喋り行動するじゃん。語りバージョンを落語っていうよ。小説と同じく笑いだけじゃなくて、ほろりもあるよ。

 

漫才ってのは、目的が笑わせることでしょ。二人で会話して、短い時間で爆笑を取って笑わせる。代償として、ストーリー性がなくなる。だから、あんまり漫才で泣きはしないよね。あるあるを使って瞬間的に共感を生み出し、あれよあれよとおかしな方に話を進める。んで、正しく爆笑をとる。

 

どちらも共感やあるあるがある。笑わせるのに大切なのは、皆が体験したことや思ったりしたことです。これは、演者とお客さんのビジョンの差を埋めるテクニックです。

 

ないとは思うけど、でも無理に、例を出したら

 

安倍首相が週一で、すき家のネギたま牛丼食べてるとするじゃん。そりゃ、有り得ないよ。昼食時、忙しい国会の合間を縫って、卵の黄身分けるじゃん。昼飯食べたくて、腕時計何回も見ちゃった甲斐あるじゃん。

 

少しだけ、何だか手の届く感じしませんか。

自分と共通項があるだけで、次の国会の時、腕時計見るの気になりませんか。ならないとしたら、例文が下手です。悪口は僕にバレないように2ちゃんねるへお願いします。

 

結局、大切なのはあるあるなんです、身近なもんなんです。例えたら、同郷なだけで話盛り上がるじゃん。あっ、さっきの安倍さんの例、同郷の例で良かったです。配信系ならばリスナー、会話ならば相手と共通項を探すことが大切。嫌われないことが大切で、好かれなくていい。嫌いな奴の言うことなんて、聞きたくないやん。正しくても嫌やん。

 

配信系で面白くするのは、難しいよね。演者とお客さんの差ってあんまないからさ。コメントに対する反応が面白いわけで。となると、コメントを書いてくれた人たちに対しての返答しかない。反応のパターンも無限に存在するわけじゃないし。身近でかつ面白いってのは、旦那に飽きない奥さんくらい無理。面白かった配信が徐々に飽きてつまんなくなるのはここやないかな。落語と漫才は決められた時間に、一方的に情報を流すことだから、笑わせられる(つまんない事もあるよ)。配信は笑われることが多くなっちゃう。だから、無理にニュースに絡んだり、炎上商法を使って、奇抜なことするしかなくなる。もちろん、配信で凄いのあるよ。ゲームとか朗読とかさ。あれ、別のもの持ち込んでるからなぁと。ゲームはストーリーあるし、朗読は講談と一緒やし。うーむ、後は配信者本人に対する興味しかないかなぁ。笑わせるってベクトルには、長い目で見て向いてないかな。週一のラジオ番組程度なら可能だと。

 

次は会話。まずは、相手から情報を聞き出せ。んで持って、Why,What,Where,When,Who,Howで聞け。共通項を見つけたら、そこのあるあるを言う。基本、あるあるだけでいい。楽しいやつを目指す。面白いってのはミスするとつまらない奴になる。つまらない奴になると、面白いこと言っても聞いてもらえないからな。出来るだけ、楽しいやつを目指す。楽しいやつになったらツッコミを織り込んでいく。そしたら、笑いは取れる。そのテクニックは、落語と漫才を見て学んでいくしかないということやね。

 

ここまで読ませて、何言い出すんだかもしれないけど、笑わせる鉄板ネタって無いから、もうプロからのインプットしかないのよね。言葉の側面として「リズム」「トーン」「声の高低」「間」「内容」がある。これについても、書くつもりですが、あんまり長くなると、読む方が大変じゃん。ていうか、書く方も大変じゃん。ここの落語の何がどうとかもっと説明したいけど、細かくなるから、気になった事を具体的に聞いてくれたら書くかな。

 

 

推敲してて思ったよ。どうしようか、笑わせる文章にしては抽象的だな。笑わせるって、本当に、本当に、難しいよね。なんか、凹んできました…とりま、マック行って、スマイル買お…。