ニートのツラツラ生活

ニートであるアタクシが文章をつらつら書き綴るものです

今まで読んで感銘を受けた本。

 

 

今回は私、ニートマンがお届けする「感銘を受けた本」を一挙大公開するコーナー。私に興味のない読者諸賢、貴方がたがこのブログで紹介された本を読んで世界観変わること間違いなし。いっぺん読んでしまえば、活字の楽しみを知り、紀伊國屋からAmazonまで、北は北極から南は南極まで、書籍のことに取り憑かれ、寝ても覚めても本のことしか考えなくなる。本、本、本。電気書籍の利便性に驚き、紙の本を捲る感覚に病みつきになります。

 

 タバコをやめられない方、オナニーしたことがある方、寝たことがある方は、これから先は読むべきでない。

  タバコ如き止められない意思薄弱者は、本に取り憑かれてしまうと、仕事の休憩時間、飲み会の最中、重要な会議中に本を読みたくなること請け合いだ。多分、ダメだと分かっていてタバコを吸う意思の弱い輩だから、本だって読んでしまうだろう。それを発見したハゲかけた部長が君を容認してくれるとは思わない。糾弾し、攻撃し、本を読むのを阻止してくる。だが中毒者の君は、読み続けるだろう。部長はブチ切れて、君を会社に居づらくさせる工作活動をするだろうが、君は意にも返さず読み続ける。部長の命令で事務のショートヘアーのカワイイ女の子から、田舎の両親に連絡が行き、次の日の朝一で両親が新幹線でこちらまでやってくる。もちろん、「我が息子がご迷惑をおかけしました」と、平謝りだ。両親が謝っていることも歯牙にもかけず、読み続ける。両親もこの子は気が触れていると考え、精神分析に書けるため、病院に連れていくだろう。連行されて検査中もずっと読む。筆記テストも文章を読むだけ。君は入院を言い渡され、鉄格子の中で暮らすこととなる。四六時中、本の世界にいることとなる。世間のように冷たい鉄格子に囲まれ、平積みされた本に囲まれてしまう。心停止した君の顔は穏やかで、微笑してるように見える。そんなことになってもいいのか(いいわけがない)。だから、タバコを止められないやつはダメなのだ。もちろん、私は吸っているが、継続は力なりを信じているからだ。君とは違うのだよ、キミとは。

 オナニーなんてもってのほか。右手の恋人を利用し、刺激を行い、絶頂まで達したことがあるということだ。そんなエッチなことする奴は、無条件でダメである。だって、エッチじゃん。身体目当てで私の身体を、ブログを、文章を見るからダメである。本も同様だ。もちろん、私はオナニーの達人である。でも、エッチじゃないから問題ない。君とは違うのだよ、キミとは。

 寝たことあるやつは、言わずもがな。睡魔と言う悪魔に瞼を襲われ、現実から目を閉じ、のこのこ夢の世界に行くやつは、断じて読むべきでない。目を閉じては本が読めないではないか。本に対する冒涜もいい所だ。そんな愚弄が許されてなるものか。もちろん、私は寝るが、夢の中でも本を読んでいるから問題ない。君とは違うのだよ、キミとは。

 以上の狭き門をくぐり抜けた猛者達のみが、私の感銘を受けた本を知ることが出来る。ここまで読んでしまった嘘つき諸君、正直にいえば許そう。タバコを吸う者、オナニーをしたことある者、寝たことがある者は右手を股間に当ててよく考えなさい。自分が犯した罪を、過ちを。私は怒っているのではない。確かに、タバコをやめるのは難しい。オナニーを1回くらいした事あるだろう。間違えて寝たこともあるだろう。わかるよ、わかる。正直に答えた君、しょうがないから許そ…人が真面目に縷々綿々と良いこと言っている感じなのに、股間に手を当てるなんざ、失礼だ。君は失礼な奴だ。

 

 

 例え、その条件をクリアしてない人も含めて、 本を紹介する前に、本と向き合う姿勢、そう、君たちがどんな姿勢で本を読んでいるかをご一考願いたい。

 

ベッドに仰向けに寝っ転がりながら読む「オーソドックススタイル」

ベッドにうつ伏せに寝っ転がりながら読む「友達ん家で漫画読む時のスタイル」

ベッドにうつ伏せに寝っ転がりながら腕を伸ばして読む「ビート板スタイル」

ベッドにうつ伏せに寝っ転がりながら腕を伸ばして足をばたつかせる「ビート板(改)スタイル」

ベッドに寝っ転がりながらゴロゴロして読む「おむすびころりんスタイル」

正座で読む「仏教スタイル」

アグラで読む「仏スタイル」

椅子に座り読む「チェアーマンスタイル」

空気椅子で読む「空気読めないスタイル」

立って読む「仁王像スタイル」

歩きながら読む「意識高い系スタイル」

薪を背負い歩きながら読む「二宮金次郎スタイル」

湯船に浸かりながら読む「OLスタイル」

電車の移動時間に読む「効率重視スタイル」

トイレの便座に座りながら読む「漏れても安心スタイル」

 

むぅ。様々なスタイルが存在する。このどれかに属している可能性が高い。 読む姿勢は即ち、本に対する姿勢であると私は言いたい。間違っても、「空気読めないスタイル」なんかで読む阿呆な奴がいるとしたら、急ぎここで読むのを中断し、スクワットで大腿筋・ハムストリングスだけを真剣に鍛えれば良い。ここで問おているのは、真摯な態度で本と向き合っているかどうかである。

 今までの人生を振り返って頂きたい。真っ正面から本と向き合って来たか、パスタを茹でてる時に読む「もこみちスタイル」で読んでなかったかどうか、自分が読んできた姿勢を思い返してみるべきである。そして、どんなスタイルで書いたかコメント欄で懺悔しなさい。わざわざこんな展開にしてるのが分からぬか。コメントが一回も来たことがないからである。

 

ここまで読んでしまったという愚か者に言おう(近藤真彦さんに向けてではないです)。貴方は何故こんなブログを読んでいるのだと。人生における大事な2.3分をドブに捨てるような真似をしているのだと。世の中には有意義に生きるためのレシピを載せたブログは幾らでもある。残り物で作る美味しいツマミのブログや自重のみで筋トレをする方法を纏めたブログ、政治経済を難解な言葉で分かりづらく伝えるブログや日常のことについてノホホンと綴るブログ。ここまで書いているのに、どうして未だに読んでいるのだ。もしかして、私が感銘を受けた本を知りたいというのか。もしそうならば作者を甘く見すぎている。作者は、文字数が1900を超えた時点で、本の紹介はまた今度にしようとしている。仔細にわたっての紹介をしていたら、いくら時間があっても足りないからだ。また、読む方も大変だろうとの配慮から、このように終わりに向かってダラダラとオチを考えつつ、屁理屈を吐き散らしているのだ。字数が予想より多く稼げたからとかじゃなく、敢えて紹介しない。ここは敢えてですので、ご了承頂きたい。むしろ、頂く。

 何。私が低姿勢に謝っているのにその態度は何か!未だに股間に手を当て続けるなんて…君はなんて失礼なんだ!そんな態度なら、ダメである。気分が悪くなったので、私は失礼する…そろそろ本読まなくちゃならないからな。